第70章 特別
「みわ、歩ける?」
「だっ、だいじょぶ」
意識しても、不規則になってしまう下駄の音。
浴衣は涼太になんとか着付けて貰い、今はおばあちゃんの家まで送って貰っている。
少し眠って身体も楽になった筈なのに、足にはまだ余韻が残ってしまっているようで、涼太に支えて貰いながら歩くという醜態を晒していた。
「あれ、おばあちゃん?」
前方には、よく見慣れた小さな背中。
どこかに外出していたようだ。
「おや、みわも黄瀬さんも、随分遅かったのね。書き置きはして行ったんだけど」
「あ、うん、楽しくて、つい」
なんだか気恥ずかしい。
先程までの情事が脳裏に浮かんだ。
あんな事をしてたなんて、言わなければ分からないのに。
「おばあちゃん、どこに行ってたの?」
おばあちゃん、なんだか元気がない。
「ちょっと、突然連絡があってね。
知り合いの……お通夜に出ていたのよ」
お通夜……
そうか、この服……喪服だ。
「そうだったんだ……ごめんね、そんな時に留守にしてて」
おばあちゃん、辛そう……。
そんな事も知らずに私、遊び歩いて……。
「なぁに言ってるの。
ずっと、"涼太元気かな、何してるかな"って帰ってくるのを楽しみにしてたじゃない」
「……マジっスか」
「お、おばあちゃん!!」
「ふふ、みわたちの顔を見たら元気になっちゃった。さあ、帰りましょう」
「……うん」
「黄瀬さんも、いつもみわを送ってくれてありがとうね」
「あ、いえ、こんなのは全然」
「……浴衣はね、ここをこうして着るともっと見栄え良くなるわよ」
おばあちゃんが涼太に小さな声で何かを言って、浴衣の首元や裾を直していた。
「あ、ハハ……敵わないっスね……。
ありがとうございます」
私は、まだちゃんと聞く事が出来ない。
涼太が、遠く離れた場所に行こうとしているんじゃないかって、こと。
私たちは、3人並んで家に向かって歩いた。
季節も、秋に向かって歩みを進めていた。