第2章 序章
アスミは体をぬるり、と這いあがってくる悪寒に耐えながら、一歩だけ前に進む。
洞穴へと近づけば近づくほど、頭がくらくらとし、足元がおぼつかなくなる。
――早く目覚めないと。
悪夢の中を歩いているかのような感覚に、恐怖を覚え始める。だが、自分でこの予知能力を終了させたことがないため、恐怖が湧きあがり続ける。
――嘘……助けて。
アスミの心が悲鳴を上げ、恐怖にのまれそうになる。
――助けて……シャドウ……!
▼◇▲
極夜の国。
妖怪が存在し、住むその国に、一人の人間の女がいた。
重苦しい雰囲気を溢れさせ、どこか不気味な屋敷の庭に佇む女の端整な顔を、淡い月の光が儚げにうつしだしている。
「ひより」
背後から声をかけられ、ひよりと呼ばれた女は振り返る。名を呼んだ者が、自分の夫だとわかると、その唇に優しい微笑みを浮かべる。
「柘榴様。どうかされましたか?」
「それは俺のセリフだ。こんな夜中に何やってんだ」
「今日はやけに月が大きいなと思っておりました」
「そうか?」
訝しげに月を見上げる柘榴。あまり違いがわかっていないのだろう。
「どこが違うのか全然わからねぇけどな。それに、月なんかよりも、ひよりの方が何十倍も綺麗だし」
「まあ。また、そんなお世辞を」
「お世辞じゃねぇよ」
柘榴は、愛しく美しい妻の頬に、優しくキスをおとす。
ひよりは、ほんのりと顔を赤らめるが、すぐに顔を曇らせ、柘榴に気付かれないように目を伏せる。
不安げに揺れ動くその瞳には、これから起こるであろう出来事に対する、わだかまりがはっきりと表れていた。