第2章 今宵月が見えずとも
それからオレはあのケーキ屋に行くことはなくなった。アツシは相変わらず月に一度足を運んでいるらしい。だが、オレを誘うことはしなくなった。
アツシの話では、あの日から彼女の姿を見ることはなくなったそうだ。恐らくバイトは辞めたのだろう。偶然彼女と顔をあわせる可能性も限りなくゼロに近づいてくれたおかげで、少しずつだが、自分の気持ちに整理がつけられるようになってきた。
あの夜、抱かせてくれたのは、彼女なりのサヨナラだったのだろう。最近になってようやくそう思えるようになってきた。彼女がつけた背中の「証」も、もうほとんど目立たない。時が想い出に変えるというのは、こういうことなのかもしれない。
寮の窓から外を眺める。あの日と同じように、今夜も雨が降っている。空は灰色の厚い雲に覆われていて、月は見えない。彼女は今、どうしているのだろう。
彼女の見上げている空には、月は出ているのだろうか。