第4章 オマケ
洗濯物を干していて気がついた。
庭の桜に一輪、蕾がほころんでいるのを。
この蝦夷の地にも遅い春がやって来た。もう何度目になるだろう。江戸で見ていた桜とは違い、少し紅の濃い蝦夷桜。その開花を、こうして穏やかに眺めているのは。
この花を見ると、どうしてもあの時のことを思い出す。五稜郭の裏手での風間千景との一騎打ち。満開の桜の下での死闘を制したのは歳三さんだった。
「千鶴、どうした?」
歳三さんの声が私を現在に引き戻す。私は手早く残りの洗濯物を干すと、歳三さんの元へと向かう。
「庭の桜の蕾がほころんできたんです。もう春なんですね」
発句帳に何かを書き付けていた歳三さんが、顔を上げた。
「もうそんな季節か。早いもんだな」
そして一句浮かんだのか、また発句帳に何かを書き付けた。
「お茶を淹れてきますね。一息つきましょうか」
お茶の準備をしていると、せり上がるものを感じて慌てて裏手へ回る。落ち着くのを待って台所へ戻ると、歳三さんがいた。
「どうかしたのか千鶴」
「いえ、大したことじゃありませんよ」
訝しげな眼差しを素通りして、お茶を淹れお茶請けを用意する。部屋へ運ぼうとすると、歳三さんがお盆を持ってくれた。
「ありがとうございます、歳三さん」
「このくらいついでだ」
まだ少し肌寒いから、火をおこしてある火鉢のそばに二人で座る。水仕事で冷えた身体にお茶が沁み渡る。と、一口だけ口をつけた歳三さんがまっすぐ私を見つめて言う。
「で、どうしたんだ千鶴」
どうやら全てお見通しのようだ。正直に言うしかない。私はもう一口お茶を飲むと、柔らかく微笑みながら言った。
「庭の桜を二人で眺めるのは今年で最後になっただけですよ」
歳三さんの眉間に縦皺が寄る。今一つわかっていないようだ。
「どういうことだ千鶴?」
「歳三さんさっきからそればっかりですね」
「お前がはっきりしないからだ」
少し機嫌を損ねてしまったようだ。本格的に機嫌が悪くなる前にタネ明かしをしよう。
「来年は三人で桜を眺めることになるってだけですよ」
「……三人……?まさかお前‼︎」
どうやら答えに辿り着いたようで、驚いた顔で固まったままの歳三さんに微笑みかけた。
「秋には歳三さん、お父さんですよ」
春の訪れと共にやって来たのは私達二人の幸せの使者。