第2章 今宵月が見えずとも
苦笑しながら鞄の中を探り、タオルを取り出すと彼女の頭にかけた。オレもしゃがんで目の高さを合わせる。彼女の目はどこか虚ろだった。
「大丈夫ですか?なつめさん。立てますか?」
そっと手を差し伸べると彼女の双眸から大粒の涙が溢れた。涙の雫は雨粒とあいまって彼女の頬をいく筋も伝って落ちていく。張り詰めていた緊張感が解けたのだろう。その時のオレはそう思っていた。
「もう大丈夫です。安心してください」
彼女の手を取り立たせようとした。だが彼女は動かない。虚ろな瞳のまま小さく呟いた。
「終わっちゃった……もうお終い……何もかもみんな終わったの……」
その呟きが聞こえた時、オレは真実を見た。彼女とあの男の関係。何故こんなことが起きたのか。そして彼女の瞳が虚ろなままの理由も。パズルの最後のピースがはまって一つの真実を浮き上がらせた。
彼女はあの中年男と男女の関係にあったのだろう。あの男は左手に指輪をしていたから、きっと家庭のある身だ。それが何らかの形で、恐らくは彼女の働きかけで二人の関係が表沙汰になったが為にこんなことが起きたのだ。そして彼女はこんな目に遭わされてもあの中年男のことを想っている。
オレは彼女をきつく抱きしめた。