第2章 今宵月が見えずとも
「室ちん今日いつもの店に寄るけどいい〜?」
「ああ、構わないよアツシ」
練習が終わり、着替えているとチームメイトのアツシから声を掛けられた。彼は月に一度、実家から小遣いが振り込まれた日にだけ寮の近くにある小さなケーキ屋に寄る。その店は店構えこそ小さいが味は確かで、地元では隠れた名店として人気らしい。営業時間が夜8時までと長いので、練習後でも寄ることができて彼のお気に入りの店なのだそうだ。オレは甘いものはそれほど得意ではないが、この店は別だ。彼女が勧めてくれるケーキはどれも美味しい。そう、彼女が勧めてくれるものならば。
「いらっしゃいませ!…って辰也君、敦君、いらっしゃい」
「こんばんはなつめさん。今日のおすすめはなんですか?」
「なつめちん今日も元気だね〜」
迎えてくれたのはアルバイトの大学生。名前は相楽なつめさん。主に夕方からの店番を担当している。アツシについて何度か来店しただけなのに、オレの名前まで覚えてくれた。ケーキ屋に長身の男子高校生が来ること自体珍しいから、当然と言えば当然かもしれないが。