第9章 知られてはいけない・知ってはいけない
まだ夢の中にでも居座っているのではないかと錯覚する、微妙な感覚を持ちながら、絵梨は体を横にしている。
玉狛支部に帰ってすぐ、今晩はここに泊まればいいと半ば強引に客室まで案内されると、途端に一人きりで暗がりに残され、思わず呆気にとられたのだった。
「……結構疲れてたんだ、私。」
他人事のように興味なさげに呟いているものの、その体勢以外に疲れを感じさせる要素は殆どなかった。上の空という事でもなく、まだ真剣さを感じさせるように凛々しい表情で天井を仰いでいる。
しばらくして気が済んだのか、体を起こすと同時にベッドから離れ、徐に机へと向かうと、そこに置いてあるノートの一ページ目をめくった。
これは絵梨があらかじめ貰っておいたものだった。記憶を取り戻すために何かしたいという口実の元、小南が昔買ったまま使わなかったという事実上の新品を譲り受けたのだ。
「……トリガー、起動。」
一応付近に誰もいないことを警戒しつつ、絵梨はトリガーを起動させる。けれどその姿は全く変わっていないように見える。そのままペンを取ると、静かに今日の事を書き始めていった。
「これだけでも持ってきておけばよかったな。」
内容は至ってシンプルで、特別言葉を飾ったり、他人に見られる事を危惧して捏造したりなどは一切なく、ただ彼女の言葉で、この日の目まぐるしい出来事の数々が語られた。
「こんなもん、かな。」
内容はを確認して小さく頷く絵梨は少し満足げでありながらも、ほんの少しだけ寂しさを感じさせる無の感情が隠れている。
「トリガー、解除。」
そのまま席を立ってベッドに飛び込む。
「……風間さん、か。」
誰にも聞こえるない、本人でさえ気付けないほど小さな声を枕の内側に埋めたのだった。