第3章 いばらの涙
シャロンは、まっすぐ見つめるルクレツィアから視線を逸らし、動かぬヴィンセントの身体を見つめた。どうすべきか躊躇していた。ヴィンセントのそばを離れたくない。しかし、ルクレツィアのこの気迫。シャロンは溢れ出る涙を堪えられないまま、ルクレツィアに向き直った。
「ルクレツィア博士……、お力添え、感謝します。けれどどうか本当にご無理はなさらないで……」
苦渋の決断だった。震える声がシャロンの葛藤を物語る。
ルクレツィアは、シャロンの言葉を聞くと安堵し、少しの笑顔を見せた。そして身体を庇いながら立ち上がると、部屋の扉を開け外の様子を確認する。
シャロンは最後にヴィンセントの身体を抱擁した。その身体は冷たく、脈は止まっているようすだった。
このまま共に死んでしまってもいいと思っていた。彼は自分のせいで命を落としたのだと思っていたし、ヴィンセントのいない世界に生きる意味など見出せなかった。
しかし、彼の望みが『生きてほしい』ということならば、この先にどのような運命が待ち構えているとしても、それがヴィンセントの望みならば、生きるべきなのかもしれない。重すぎる十字架を背負いながら。
「あなたがくれたこの命……きっと意味を持たせてみせるわ……。あなたがいない世界でも、あなたが生きろと言うのなら」
大粒の涙がヴィンセントの身体に零れ落ちる。
「ありがとう、ヴィンセント」
別れを惜しむように口付けを落とし、頬を撫ぜつけた。
「……彼女、素敵な人ね。あなたが惚れた理由がわかったよ……。ごめんね、彼女の力をお借りするわ。決して危険な目には遭わせないと約束するから……」
シャロンはヴィンセントの身体に額をつけ、「いつかまたどこかの世界で」と小さく呟くと、涙の粒を一粒残して、ルクレツィアの後を追った。