第10章 叙情詩
ヴィンセントは、彼女の思念が溶けきるのを見届けると、彼女の短剣を手に取りすぐに地上へ出る。
ホーリーが正常に発動されているのを確認して向かったのは、ボーンビレッジ。忘らるる都ともほど近い湖のほとりにある巨大な樹木の中で、花に覆われた結晶が淡い薔薇色の光を放ち彼女を包んでいた。
戦いが終われば解放される、そう信じていたのに、その結晶は彼女を天井まで持ち上げ、容易に近づくことができなくなっていた。
彼女の結晶を眺めているうち、それが月を見上げる動作と同じであることに気づいて、ヴィンセントはこれまであった出来事を思い返す。
『月……綺麗ね』
「頼む……もう……私から彼女を奪わないでくれ……」
ヴィンセントは翼を広げ地面を蹴ると彼女を覆う結晶に触れる。
カオス。結晶に反射して映る自分の姿。
『カオス、かっこいいね』
つい先ほどの出来事なのに、なぜか過去のように思い返される彼女の記憶。思い出にしてしまいたくなくとも、全ては過去になっていく。
「なぜ目覚めない? シャロン、世界は平和を取り戻す……君だけが足りない……。何が女神だ……たった一人世界の平和を願い、祈り続けるのが使命だと……?」
結晶から放たれる光がゆらめく。動かない彼女の魂を確かに感じながら、手に取ることの出来ない凍りついたシャロンの指をそっとなぞる。
「なぜ、いつも守れない……。君はそちらへ行くことを望んでいるのか……? これが、私の罰なのか……」
シャロンの頰に光るものが溢れ、彼はそれを手のひらに受ける。涙の粒と思われたそれは、彼がその手で砕いたあの花とよく似た淡いピンク色の花の結晶だった。
花の結晶を胸に埋めて、未だ動かぬ彼女の存在を一層強く感じれば、彼女との再会を信じずにはいられなかった。これまでも何度も離れて、その度何度も巡り合った彼女との絆を疑うことなど彼にはできないのだ。