第17章 episode Ⅳ 新田 光
「違う新田、そこは、♭」
「は?ふ、ふらっと?」
「うん、これ」
ポーン、とピアノでその音を出す久世。俺がその音に声を重ねると、小さな口が弧を描いた。
「ん、それ」
あれから、俺らはライブのためによく集まるようになった。久世は他校に通う同じ歳で、りょーちんからタイプが違う、とは言われていたが、確かに違った。なんつうか、俺にとってここは居心地がよかった。
音を丁寧に合わせる作業の中、ずっと裏にいたりょーちんが大きな声で登場する。
「ひかるー、あかねー、餌のお時間だよー」
白いシャツを腕捲り、黒のサロンを巻いて自信ありげに。
「餌って何よ、りょーちん」
「あはは、だって2人猫と犬みたいだから」
嬉しそうなりょーちんに、久世と顔を見合わせる。
「可哀想な大人」
「茜くん、ネジは緩いと思うけど
可哀想ではないよ俺は!」
「りょーちん、お腹空きました、」
「あ、ごめんごめん!さっ、ご飯にしよう」
りょーちんがいつもの様にバカ言って、俺がそれに笑って、久世が冷たい目で視線を送る。
ただそれだけなのに、
もしかしたら、今まで感じていた劣等感や孤独感は自分が勝手に作り上げてきたものなんじゃないか、って。
やっとあいつのいない世界を作れたのに、
こういう時やっぱり思い出すのは
ひかる、と優しく笑う兄貴の姿。