第47章 貴方から届いた50音の最初の2つ。(月島蛍)
着いた場所は図書室の先にある階段の踊り場。
この時間ここを通る生徒なんてほとんどいないことを月島は知っていた。
「座れば?」
「う、うん……」
「…そういえば弟の具合は?」
「あ、うん。熱も下がって…今日は学校に行ったよ」
「…そう、」
目が合えば、赤い顔をしては俯く。
そんな反応をされていたらもっと近付きたくなる。
その染まった頬に、触れてしまいたくなる。
「…ねぇ」
「……っ、」
ハッキリとした口調で話し掛けられ、は反射的に月島の方に顔を向ける。
曇りのない眼鏡のその奥、色素の薄い綺麗な瞳に捉えられてしまった。
普段ならその身長差から見上げなければ合わない視線が、同じ階段に座っている今はこうも簡単に絡み合ってしまう。
振り向かなければ良かった、と後悔をしてももう遅い。
反らすなと言わんばかりの意思の籠った月島の瞳からは逃れられない。
「僕から…欲しいもの、ある?」
「……………っ、」
言葉を聞いて固まった。
きっと今の言葉を脳内で繰り返してるんだろう。
我ながらズルい言い方をした自覚はある。
スカートの裾を握り締めている様子を見て言葉を選び直すため月島が思考を巡らそうとすると、小さくが口を開いた。
「ほ、しい…もの、ある」
そう言い終えたは真っ赤な顔をしたまま下唇を少し噛み締める。
そんな彼女の言葉と姿を予想していなかった月島は小さく息を飲んだ。
「何が欲しい?」
「……………」
月島の真剣な顔は、この現状を何一つ茶化す気はない事を物語っていた。
弟を軽々と背負ってくれた大きな手が欲しい。
時々向けられる、優しい視線が欲しい。
『』って呼んでくれるその澄んだ声が欲しい。
その柔らかそうな髪も、
綺麗な頬も、
気遣ってくれる優しい心も、全部。
これを総じて言うのならば、きっとこうだ。
「…50音の、最初の2つを、私に…下さい」
小さな声でそう紡いだ言葉。
返ってきたのは、唇に感じる温かくて柔らかな体温。