第35章 その歯車は彼の左手が回す。(牛島若利)
決勝戦は観に行かなかった。
ううん、行っちゃいけないって思った。
観てしまったら私は今よりもっと、彼を。
好きだと思ってしまうから。
それは土曜日の午後に突然起きた。
まさに、青天の霹靂。
まさか、こんな道端で。
「」
間違えるはずのない低く落ち着いた声。
振り向かなくても彼だとわかった。
「牛島、くん…?」
震える唇を精一杯動かして彼の名前を呼んだ。
憧れて憧れて、いつしか恋に変わってしまった。
その彼が、目の前にいる。
これは…夢だろうか。
「急に呼び止めてすまない。に聞きたいことがあるのだがいいか?」
「…はい、何でしょうか……?」
手ぶらでジャージ姿でいる彼の身なりを見て部活中なのだとすぐにわかった。
「何故、決勝戦だけ来なかったのかが知りたい」
「え………?」
彼の言葉に耳を疑う。
『決勝戦だけ』確かにそう言っただろうか。
それは即ち、私が今まで試合を観ていた事を牛島くんは知っていると言うこと。
「それと、の視線の意味を教えて欲しい」
私の返事を待たずに次の質問が降ってくる。
顔色一つ変えず、淡々と話す彼とは裏腹に私は戸惑いを隠せずにいた。
「あ…えっと、ですね……」
何から、話せば良いのだろう。
頭の中に色々浮かんでいるものの全然まとまっていない。
どうすべきか考えていると牛島くんが更に口を開いた。
「は天童と同じクラスだと聞いた」
「え?あ、はい…そうです」
「ならば同学年だろう、敬語は必要ない」
「……っ」
あ、笑った。
ほんの少しだけ、少しだけだけど確かに今笑ってくれた。
それを見て私の緊張していた心も少し解れたのがわかった。
思ってきた事を、話してみよう。
私の抱えてきた事を。
「……私ね左利き、なの」
「?」
「今は珍しい事じゃないって…ちゃんとわかるんだけど、小さい頃は親にも友達にも、これはおかしい事なんだって言われてきた…ずっと、直せって言われて…でも、直せなくて…」
ポツリポツリと話始めた私の話を牛島くんは黙って聞いてくれていた。
「そんな時に貴方のバレーを観たの、何者も寄せ付けない力強い…左だった」
今思い出しても、胸が熱くなる。