第29章 ガトーショコラで治らない彼の機嫌を治すには。(月島蛍)
「な、なんだよ…いきなり…!」
「ごめん、影山くん…!今日はここまででも良いかな?大事な用を思い出しちゃって…」
「用事あったのか?!そう言うことは先に言っとけよ!間に合うのか?」
「う、うん…大丈夫!ごめんね!また!」
急いでノートや教科書を鞄に詰め込むと私は教室を飛び出した。
放課後で誰もいない廊下を走って昇降口へ向かう。
思い出した、蛍のあの顔は…。
「遅い」
最後の曲がり角を曲がって下駄箱に手を伸ばしたその時、静かな声が誰もいない昇降口に響いた。
「蛍……?」
「他の誰かに見える?」
「ううん…もしかして待っててくれたの?ずっと…?」
「…たまたま僕も残る用事があったから」
「………」
それは、きっと嘘。
じゃなかったらここで出くわすなんて有り得ないだろうから。
蛍は私を待っていてくれた。
それだけで嬉しさで心が温かくなる。
「終ったんなら帰るよ」
「あ…うん!」
朝と同じ様に無言で通学路を歩く。
でも朝とはどこか空気が違う。
そして、私にもどうしても蛍に確認したいことがあった。
「蛍…」
「…?」
名前を呼ぶと少し前を歩いていた彼がクルリと振り返り歩みを緩める。
「あのね…私、昨日からずっと蛍の事考えてたんだけど…私が影山くんと今日の約束しちゃった時の蛍の顔とか、何処かで見た気がずっとしてて…さっきね、思い出せたの」
「……顔?」
「うん」
まだ小学生の頃だったと思う。
忠が転んで腕を擦りむいて泣いていて、私がそれを手当てして…それでも心配で、毎日毎日絆創膏を貼り替えてた時。
蛍はあの顔をしてた。
何か痛みに堪えるような、それを押し殺すような、そんな顔。
「勘違いだったら…その、笑い飛ばしてくれていいんだけど……蛍、私が誰かを構うの…嫌だったり、する?」
自分で言っていてとても恥ずかしい。
こんな自惚れ屋みたいな事…間違っていたら直ぐ様ここから逃げ出したい。
いや、逃げ出そう。
「………」
何も返してくれない蛍に益々恥ずかしさが込み上げる。
「や、やっぱりそんなワケないよね!?ごめん!私変な事言っ…」
「ねぇ」
私の言葉を遮って、蛍は私の手を掴んだ。
「それ、勘違いじゃなかった時は…、どうするの?」
「…え?」
眼鏡の奥の瞳が私を捉えて逃がさない。