第1章 戦国無双4/藤堂高虎
今日の出来事は、珠実と高虎の2人だけの秘密だった。
夜になり、雨があがる。
外では蛙たちがパートナーを求めて、喉をかき鳴らしている。
珠実はその日の晩も天野氏の寵愛を受けた。
目を瞑り、あの人の温もりを、吐息を、鼓動を、思い出していた。
思い出せば思い出すほどに、あの人が恋しい。
胸が、軋んでいく。
昼の分を取り戻そうと、遅くまで稽古をしていた高虎が廊下を渡る際、聞いてしまった。
彼女の吐息を、善がる声を。
彼女を欲しくて、胸がジリジリと燃える。
もう、ここに居てはいけない。
翌朝、珠実は家臣たちの様子を見に稽古場へと向かう。
背の高い彼を探すのは、簡単なはずだった。
だけど、そこには姿がなかった。
彼はきっと、天野と私を想い、去ったのだ。
どうして彼が居場所を失うのか。
悪いのは、私だ。
部屋に戻ると世話役から、預かったという文と小包を渡される。
珠実は急いで結びを解く。
『ここに居ては天野様を裏切ることになる。
あなたを連れ去っても、あなたを幸せにすることは出来ない。
だから俺は去ります。
自身の生き方に、誇りを持つために』
彼は誇りのために、禄も欲望も、捨てたのだ。
私が我儘の蓋を開けなければ良かった。
そのせいで誰かの人生が狂うなんて、よぎりもしなかった。
私はなんて、愚かなのだろう。
小包を開くと、昨日もらった水色のかんざしが入っていた。
彼に、挿して欲しかった。
その後、珠実は定めに覚悟を決め、奥方の務めを毅然と果たしていった。
だけど雨が降る日は、ひどく胸が締め付けられる。
部屋の障子を開けて、ただひたすら、降り注ぐ雨を眺め続ける。
目を瞑る。
蘇る、彼の温もり、言葉、眼差し。
脳裏に響く、傘を叩くあの雨音。
雨が降ると羽ばたいてしまう。
遠いあの世界へ。
あなたは今、どこにいるの?
彼に返しそびれた白い手拭いを握りしめた。
神様、これが私に与えられた罰なのでしょうか。
私はずっと、あなたに焦がれている。
雨が降る度に。
完