第2章 貴方の街のパン屋さん……土方 歳三
翌日、店へ向かう間……思い出したことがあった。
俺がまだ学生だった頃のことだ。部活の剣道に明け暮れていた時、いつだって腹をすかせたものだ。
その時に、剣道を教えに来ていた近藤さんから食パンを貰ったんだ。子供心に食パンかよ……と思ったのだが、口に入れてその考えは一瞬にして消えた。
誰もの心を優しくさせるような、しっとりとしてシンプルな小麦本来の味。俺は、その経験があって今の仕事を選んだと言っても過言ではない。
今、近藤さんは俺の直属の上司。つまり、あの時は自社の取り扱うパンをふるまってくれたのだ。
土方
『余計なものなんか、必要なかったな……。』
独り言を呟きながら、店を急いだ。直ぐに作りたくて仕方ねぇ。
あの時のあのパンは、事情があって一度きりしか食べることは叶わなかった。
土方
『そう言えば……小麦粉が手に入らなくなったと言っていたか。』
学生だった俺は、それ以上は理由を聞くことはなかった。それっきり、今まで忘れていた。
しかし、思い出した今は……面白いもので、10年前にも関わらず味も甦ったのだ。