第18章 まるで少女漫画みたいな【二口堅治】
あの卒業式の日を忘れたことなんてなかった。
人の脳はそんなに精密なものではないから、事細かに思い出すことは難しい。
けれど、暖かくなり始めた頃の肌寒い風を感じると、不思議と思い出される、高校3年のあの日。
『お前に今更告白とか、そんなことをするつもりはないから』
確かそんな言葉だったと思う。
ほとんど告白のような宣言をされた、式の後の体育館裏。
『けど、次会った時には告白する』
私は彼とは違う、離れた大学に進んだ。
一人暮らしも始めるし、約束でもしない限り、会うチャンスはほぼない。
彼は『次会った時』と言った。
その『次』がいつなのかは言わなかった。
『うん、分かった。………その言葉、忘れないでよ』
『お前こそな』
彼の考えてること、言わんとしていることはだいたい分かった。
もちろんあの時の、その言葉も。
だって、彼が好きだったから。
だからかもしれない。
「…ふた、くち?」
何十…、何百分の一の確率で、あなたを見つけた。
◇
「…ふた、くち?」
「……美咲、か?」
夜の繁華街。
季節は冬から春に変わる頃。
仕事終わりのサラリーマンやOLでごった返す道中で、これはどれほどの偶然なのか。
何十分の…いや、何百分の1の確率。
目を合わせて立ち止まった俺たちの間を、数人のサラリーマンが迷惑そうに横切ると同時に、春のまだ冷たい風が吹き抜ける。
ーーあれから何度目の春なのか。
この季節の風は毎年のように、高校3年のあの日のことを記憶の端から呼び覚ます。
決して甘くないーー言えば少しほろ苦い記憶。
日に日にその鮮やかさは失われていくし、忙しい日々の中に過去を思い出す時間などないが、本当の意味で忘れたことはなかった。
「久しぶりだな。…5年ぶりか?」
約束と言うにはあまりに無責任で身勝手な、俺のあの言葉を。
「6年だよ、バーカ。…久しぶり、二口」
君も、まだ覚えているのだろうか。