第14章 髪を切る理由【岩泉一】
先生に呼び出されて俺を道連れにしようとする及川を振り切って、一人で帰り道を歩いていると、
「岩ちゃん!」
という声とともに、勢いのついた衝撃が俺の背中を襲う。
咳き込みそうになりつつ、俺は後ろを振り向いた。
「お前なぁ…」
「ごめん、助走つけすぎた」
「ごめんじゃねーよボゲ」
「へへへ」
大きな目を細めて笑う美咲。
まだその短い髪の姿には見慣れない。
今日及川は一緒じゃないんだね?
呼び出し食らったのを置いてきた。
ふふ…絶対いじけてるね、及川。
ああ、面倒くせえ。
そういえば、と俺はずっと尋ねてみたかったことを口にした。
「なんで急に髪を切ったんだ?」
「なんで…って?」
「お前、長い髪気に入ってただろ」
うーん、と美咲は唸って、俺の方にちらりと視線を向ける。
そして、そらす。
えーっと。言いづらそうに、唇が動いた。
「……岩ちゃんの好みに近づきたかったから」
岩ちゃん、この前ボブの子見て可愛いって言ってたじゃない?だから…好きなのかなって思って。
言葉が出なかった。
失恋じゃなかったのか、とかいう考えが巡る間も無く、一種の衝撃が身体中を走った。
豆鉄砲を食らった鳩、というのはこのことか。
「…え、やだ、ちょっと黙らないでよ、ねぇ岩ちゃん」
焦ったように、その場を取り繕おうとする美咲。
(今更、さっきのは冗談とか言ったら一生許さねぇぞ)
「美咲」
「ごめん、その、」
「そんなことしなくても、俺はお前がずっと好きだったんだけど」
真ん丸になる目。
美咲のその黒い目に自分だけが映って見えてるのが、何だかこそばゆい。
「今の美咲も好きだけどな」
俺の胸に飛び込んできたボブカットの髪の、甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
「髪を切る理由」おわり