第1章 青春の終わり、そして卒業【澤村大地】
私はずりずりと大地の背中から滑り落ちた。呆然と彼の後ろで立ち尽くす。
顔は見えない。でも短い髪から覗く耳が、夕日じゃなくて、赤くなっていた。
「…大地?」
前に回り込んで、顔を覗き込んだ。それを拒否するように、手で口を覆ってそっぽを向く。
「ねぇ、大地」
「…嫌だったらちゃんと言えよ」
一瞬だった。大地の左手が私の腰を引き寄せて、右手が私の肩をしっかりと抱いて。
そして、その右手が私の髪をかきあげて、耳元に唇を寄せた。
軽く触れて、離れる。
「嫌だったら、言えって言ってるだろ。
…あとで文句言っても知らないからな」
そう言葉を発した唇が、私の唇に小さな音を立てて触れた。
何も言わない私に、もう一度角度を変えてキスをする。下唇を掬いあげるように、もう一度。
こんな甘いの、大地はどこで知ったんだろう。甘すぎて、頭の中がじんと痺れる。立っているのが辛くて膝から崩れそうになるのを、大地の左腕がぐっと支える。
唇が離れて、はぁっと息をついたのが目を瞑ってても分かった。
「俺、ずっとお前とこうしたかったんだ。その先だって…。そんなこと言ったら、お前は俺を軽蔑するかな」
ははっと大地が笑う。
「なぁ美咲。嫌なら嫌だと言ってくれ。お前に嫌だって思われるのは、結構堪えるんだよ、俺。ちゃんと言ってくれないと、」
俺だって男なんだ。と、初めて会った小学生のときの大地とは全く別人の大地が、低い声で囁く。
時間は流れる。私たちは大人に近付いて、いろんな言葉の意味が変わってきて。
私たちも、こんなあやふやな関係じゃ、もういられない。
ーー分かったよ、大地。私、ちゃんと言うよ。
青春は"永遠"じゃないから。残り僅かな砂時計の砂が、全て落ちる前に。
「大地のね、大きな手が好き。大きな背中が好き。バレーしてる大地が好き。さっきのキスも、好き。ねぇ、大地」
「あぁ」
「私たち、ずっと前から両思いだったんだって、思ってもいい?」
大地のちょっと照れながら笑う顔、好きだなぁ。
そんなことを考えながら、再び落ちてきたキスに、私は背伸びをして応えた。
私たちは卒業する。
高校生をやめて、大学生へと、大人に近付く。
私たちの距離も、遠くなるけど、近付く。
残酷な青春は遠退いて、新しい風が私たちの間を駆けぬけていった。
『青春の終わり、そして卒業』おわり