第24章 学園不適合者【瀬見瑛太】
生徒たちはその人のことを"図書室の花子さん"と呼ぶ。恐らくかの有名な"トイレの花子さん"にあやかって付けられたものだろう。
花子さん、と呼ぶくらいだからその人は女の子なのだが、彼女の正体は誰もよく分かっていない。
最初は図書館に入り浸っているただの文学少女、というものだった気がするが、噂というものは日を経るごとに尾ひれが付いていくもので。
今では、『目があうと呪われる』なんて非科学的な話だとか、『いじめられて自殺した昔の女子生徒の亡霊が唯一の居場所だった図書室に出てくる』という大層なエピソードまで付いてくる。
「…よぉ、花子さん」
「む、君は人の名前も忘れるような阿呆に成り下がったのか?瀬見瑛太」
「冗談。また新しい噂が出てきたんだよ」
「ふうん。今度は何だ?またオカルトの類の何かか?」
「次は大切な本を探して彷徨う悲劇の幽霊だってよ。枕元に現れて『私の本はどこ?』って言うらしい」
「ふん、ありがちだな」
そう、今会話を交わしているのが図書室の花子さんこと、美咲である。
美咲は俺の話に返事をしながらも、パラパラと分厚い本のページをめくる手を止めない。恐ろしいスピードで黒の眼球が文字を追う。
「その格好はどうにかならないのか」
「暖をとるには確実な方法だろう?」
室内にも関わらず、ぐるぐる巻きにしたマフラーに顔を埋め、ストールを羽織り、暖かそうなブランケットを膝にかけている。
空調はちゃんときいているのだが、「この窓際は冷気が身に染みる」と言ってこの状態だ。
「寒いなら窓際から離れればいいじゃねぇか」
「あいにくだが太陽光が差し込むのはここぐらいしかなくてね」
以前に太陽光にこだわる理由を聞いたら、何故か宇宙空間の誕生から地球と太陽の歴史について語られたことがある。
正直な話、この話の理解度は50%程度なもの。むしろこの人の話を100%理解したことはない。
宇宙誕生の話から太陽光を求める理由や意図なんて汲めるかよ。
この奇人変人の話を1から10まで共感できる輩なんているのだろうか。いるのなら是非解説を願いたいーーと思ったが、美咲を理解している時点でそいつも奇人変人なのに変わりはない。100%の意思疎通は諦めたほうがよさそうだ。