第22章 嵐の後には凪が来る【及川徹】
「あ、そうだ」
「えっ?」
少しスピードを落としてこちらを振り返る。
「俺ね、これをチャンスに君を惚れさせる算段だからね!」
「それ、言っちゃうんだ…」
「美咲ちゃん鈍感そうだもん。言わなきゃフェアじゃないでしょ?」
「…ちょっとバカにしてるでしょ」
「それくらい本気なんだって受け取ってほしいな?」
そう言う君の顔は狡いくらいカッコよくて。
私は、私の腕を掴む左手を乱暴に振り払って、
その手のひらに指を滑り込ませた。
「え、美咲ちゃん、」
「前向く!そんで走る!」
「は、はいっ」
「ケーキは及川くんのおごりね!」
「そりゃもちろん!」
ペチペチペチッと床のタイルを二足の上履きが走り抜ける音。
赤く染まる渡り廊下。
ダンスシューズが入ったサブバッグはまだ少し重いけど、頭の中には外国語の歌が流れていた。
それは何度も何度嫌になるほど聴いて、体に染み込んだ曲。
鉛みたいに重かった頭も体も今は軽くて、指先の血管まで血がドクンドクンと流れるのが感じられる。
ステージに立ってる時と、少し似てる。
スポットライトもないのに、少し熱っぽい。
ギュッとされた左手に、私は。
「嵐の後には凪が来る」おわり