第20章 夏ノ想ヒ出【縁下力】
「…俺は」
ああ、この心地いい立場ともお別れだ。
「彼女作るなら美咲がいいかな」
「…え」
あーあ。どうして俺は、こんな回りくどい言い方しかできないんだろうか。
えーと、なんというか。
俺は少し悩んだのち、
「ごめん、俺ずっと美咲のこと好きだったんだけど…ダメかな?」
と言って、歩みを止めた美咲の顔を覗き込んだ。
「え、あ、」と目をパチパチさせる美咲の顔がみるみるうちに赤くなって。
え、可愛い。睫毛長い。頰、やわらかそう。
「え、…ええ?ちか、ら?」
あ、やっぱり柔らかかった。
赤らんだ頬をもう一度ぷにっと摘む。
すると美咲は、いつの間にか潤んでいた目で俺をキッと睨んだ。
「ねぇ…冗談なの?」
…あ、怒らせた。
しまった、そんなつもりじゃなかった。
「冗談だったら私怒るよ?…って、ちか、」
ら、の最後の一文字は唇の中に消えた。
順番間違えたな、と思ったのは美咲の唇が柔らかいと感じたあと。
一応理性は働いてるので、触れるだけで終わりにした。
離れたあとも、美咲は浅い呼吸で呆然としていた。
「ごめんね?」
「え…え、」
「好きです。…ごめんね?」
冗談だと思わせて、順番間違えて、『ごめんね?』。
「…ああもう……」
美咲はバッと後ろを向いて、急にその場にしゃがみ込んだ。
「…美咲?」
「やだ…そんなのズルすぎる…」
「…えっと」
「お願いだから謝らないでよ…」
しゃがんだまま、こちらを振り向いて見上げる。
上目遣いが可愛いだとか、そんな呑気なことをつい考えてしまう。
「…私のファーストキス」
「え、あ、ごめん…」
「だから謝らないでってば……」
「え?」
俺の脳みそは都合良く考えるように出来てしまってるみたいで、その意味を自分のいいように解釈してしまう。
「その…私も、」
「うん」
「力のことずっと好きでした…」
夏ノ想ヒ出。
騒々しい蝉の鳴き声、ちりんと風鈴の揺れる音。
照り付ける西日、時折通り過ぎる風。
君の右手、伸びる二つの長い影。
季節はそろそろ、秋を迎える。
「夏ノ想ヒ出」おわり