第9章 鴉の腹を肥やす
次に山口さんに「ほらツッキー!」と背中を押される月島さんがブスッとした顔で小さく拳を突き出してくる。怖い…。月島さんは全く拳を近づけてくる様子がないので、私が一方的に拳をちょんと合わせに行く。終わると月島さんはサッサと去って行った。後に続く山口さんは「ツッキー照れてるだけだから!応援、俺も全力で頑張るよ!」と笑顔でグータッチをしてくれる。その直後に月島さんに怒られていたが。
最後に「瀬戸ー!」と両手を上げて日向が構えてくる。私も慌てて両手を上げると勢い良くハイタッチを交わす。ワクワクとした表情を見せる日向を見て、私はかつての最初で最後の公式戦を思い出す。
「ねぇ、日向」
「ん?」
「皆で、チームでの初めての公式戦、楽しんできてね」
「! おうっ!!」
少し目を丸くした彼だが、すぐ頼もしく頷いた。そんな日向の横から影山さんが「おい、早くしろ」と割るようにして入ってくる。横入りすんな!とプンスカ怒る日向を他所に影山さんは「ん」と拳を出す。応じるように自分も拳を出すと、コツンとタッチする。優しく、しかし力強さを感じた。
さっき散々していたタッチなのに、何故か照れてしまう。
「瀬戸」
「はい?」
慌ててパッと顔を上げると、思わず目を丸くする。ほんの少し口角の上がった影山さんの顔があったから。
「────ありがとな」
耳を擽る囁き。私にしか聞こえない、私だけに向けられた声だ。ぶっきらぼうにも聞こえるのに、手を伸ばしたらフッと消えそうな優しさが込められていた。きっと私は間抜けな顔をしている事だろう。
その一言だけを残して、影山さんは皆の方へ向かっていく。その背を、名残惜しく見送ってしまう。
「よし!お前ら良いか!?」
「「「あス!!!」」」
もうすぐ試合が始まる。ハッと我に返り、慌てて観客席へ向かう。
2階に上がり、烏野の席は何処だろうとキョロキョロ辺りを見回しながら足を進める。