第9章 鴉の腹を肥やす
伊鶴は2人の視線に気付くと口に手を当て、慌てて顔を上げる。
「あっ、ごめんなさいっ。おかしくてつい…。前に及川さんから聞いた通り、お2人は仲が良いんですね」
「そうでしょー!本当は超仲良しなんだけど 岩ちゃんいつも照れ隠しするんだよね〜!」
「おい。勝手な作話を事実のように話すな」
「今までの輝かしい思い出を作話呼ばわり?!?!」
「俺達の友情はそんなものなの?!」と嘆く及川に、また伊鶴はクスクスと笑う。対する2人は顔を見合わせると、どちらからとも無く自然と口角が上がる。
岩泉は、先程まで死にそうな顔をしていた相手が笑っている事に少しばかり安心した。及川はと言うと、『気になるあの子を助けようとしたところが、助けられてしまった』『助けられておきながら 挙句困らせてしまった』という二重苦を抱えていた為、伊鶴の笑顔により浄化され内心半泣きであった。
「ちょっとは元気になったみたいで良かった!」
「はい。本当何から何まで…お2人とも、ありがとうございました」
「俺は何にもしてねぇよ。気にすんな。ていうか、そろそろ行かないと時間ヤバいぞ」
想定外のハプニングにより、大分時間が経ってしまっていた。マネージャーである伊鶴はまだしも、選手である及川と岩泉が揃っていないのは大問題だ。同時刻、自分達の監督が暴走したエヴァ初号機の如く咆哮を上げていることを彼らはまだ知らない。というか知らない方が良いだろう。
「じゃあ、伊鶴ちゃん。俺達もう行くね」
「あんまり無理するなよ」
「お2人ともありがとうございました。青城の皆さんも、試合頑張って下さい」
その言葉に、及川はピクリと反応する。
「…いいの?」
「え?」
「俺達にまで『頑張って』なんて言っちゃって。ひょっとすれば“敵”になるかもしれないのに」
及川は口の端に意味も無いらしい微笑をそっと浮かべる。岩泉は相棒の言葉に思わず「おいッ…」と声を漏らす。対する伊鶴は、目を丸くしたまま固まっていた。
及川は決して伊鶴に対して皮肉を言いたかったわけではない。ただ率直な意見を伝えたまでだった。