第9章 鴉の腹を肥やす
「二口さんは心配してくれてただけなんです。なので、大丈夫です。勘違いさせてすみません」
食い気味に二口の言葉を遮り、及川にそう告げた伊鶴。二口と及川は、そこで彼女の意図を理解できた。 『彼女は相手を庇い、且つこの場を収めるつもりなのか』、と。
それに気付いた及川は、思わず口元を抑える。
あまりに無理のある言い訳。
『自分でやりました』とプラカードを掲げながら、「私はやってません」と言ってる様なものだった。普通ならば、とてもではないが誰も納得は出来ないだろう。 二口に喧嘩を売った及川もそうだ。詰め寄られてた時の伊鶴の顔は真っ青で、只事ではないのはすぐに分かった。その事を理解していながら、相手を見過ごすのは癪に障る。
しかし、たまたまの視線の合った伊鶴の困ったように下唇を噛み、『これで収めてくれ』と訴えかけるような表情と視線を向けられ、思わず萎縮する。更に、彼女にここまでの事をさせた一端が自分にもある事を自覚していた及川は、折れざる負えないと両手を挙げる。
「分かった、分かったよ。“そういうこと”だったんだね。早とちりしてごめん」
「いえ…ありがとうございます。二口さんも、ご心配ありがとうございました」
「いや、別に……」
二口はやや納得し難い表情を浮かべるが、大人しく口を噤んだ。
結局、騒動は高速で頭を下げて二口達を強制連行した茂庭により、なし崩し的にうやむやになった。
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「本当にすみません、及川さん。ご迷惑かけて」
「いやいや何言ってるの。助けたつもりが逆に気を遣わせちゃったし、顔に怪我させちゃったし…ごめんね。大丈夫?」
「大丈夫ですよ。自分でやったことですし。全然平気です」
「本当に?!ちゃんと冷やさないと、後から痛いよ!」
「ありがとうございます。ちゃんと加減してたんで大丈夫ですよ。及川さんが気にする程じゃないです」