第9章 鴉の腹を肥やす
学校に通った経験のある人間が一度は体験するであろう出来事。
『皆の前に立って一人ずつ発表しろ』という教師からのお達し。嫌な顔をする奴はいれど、結局は皆何だかんだやり遂げるだろう。しかし、その男子生徒は青い顔をし、処刑台にでも向かうかのように教壇の方へ足を進めていた覚えがあった。
眉尻も肩も落として立つ姿に、何だか見ている側も可哀想になる。授業中に問題を当てられた時は、決まって泣きそうな顔で立ち上がり、顔を伏せて押し黙る。そんな時には、周りがよく助けることもあった。
────烏野の体育館であの日。
彼と全く同じような顔して立つ伊鶴を見た。岩泉は、気付けばいざこざの当事者になってしまっている彼女に対し、“気の毒なやつ”というレッテルを貼り付けたままである。
そして彼は、及川に対して一抹の疑問を抱く。
『あのマネージャーのどこがそんなに良いのか』
嫌味でもなんでも無い、素直な疑問。答えを求めない独り言。誰に言うでもない純粋な問いを、頭の隅に浮かべていた。
《閑話休題》
例の烏野マネージャー、もとい瀬戸伊鶴が、何やら伊達工の面々と揉めている様子だった。最も、岩泉の目には『揉めている』というより『何やら困惑している伊達工』というのが正しい。
しかしながら、そうは解釈のいかなかった者が彼の友人である。
「ごめん岩ちゃん。ちょっと先行ってて」
「はっ?おいお前、」
「すぐ戻るから!」
岩泉の言葉を振り切り、及川は問題の渦中への駆けていく。
もし騒ぎになれば大事に発展し、双方の学校の出場停止などに陥る可能性がある。注意喚起で済めばかわいい方だが、何も起きないに越した事はない。
岩泉は、『とりあえず様子を見るか』と頭を掻きながら、及川の後を追う。
何かあればあの馬鹿の頭を叩いて引きずっていけば収まるだろう────と、及川が聞けば真っ青な事考えながら。