第9章 鴉の腹を肥やす
* * *
眩しい光が落ちる中。
擦り切れたペダルを踏み込み、風を切る。
高揚した心が、もっと早くもっと早くと私を急かす。グングンと速度を上げ、ブレーキを慣れた手付きで調節しながら、坂もお構い無しに駆け下りる。
────今日は、IH予選の1日目だ。
「瀬戸ッ─────!!」
「!!??」
突如後ろから突風が吹き抜けて行ったかと思うと同時に、“ズギャギャギャギャ!!”とマリオカートの如きターボ音が発せられる。
何事かと考える間も無く、視界にはいって来たのは────立ち漕ぎ自転車。
その自転車は、あっという間に私の前に立ち塞がるようにしてブレーキを掛けて停車した。
『衝突事故』 『救急搬送』
この二文字が翌日の新聞の一面を飾るのが目に浮かんだ。それと同時にサアッと温度が身体から消えていくのを感じる。
ここは坂道。私もそれなりのスピードが出ているのだ。ぶつかれば大怪我は免れない。上手くいってしまえば目の前の暴走自転車の犯人と仲良くあの世行きだ。
それは御免だとブレーキを力一杯握り締め、何とか私も自転車を停止させた。
ほぼ相手スレスレで止まり、はぁ〜〜と深く安堵の息を零した。朝っぱらから自転車を見事レーシングカーに変えて私の肝を冷やしてくれた犯人は、
「瀬戸 おはよう!!!!」
「ひ、日向……」
案の定、やはりお前か。
この良い天気がよく似合う、太陽よりも明るい笑顔の持ち主である日向翔陽。今さっきの出来事は、ごく普通の爽やかな朝の風景の一部であるかのようだ。
全くとんでもない人だと苦笑し、乱れた髪を直しながら問い掛ける。
「どうしたの、物凄い勢いで自転車飛ばして…」
「ん?!瀬戸見つけたから!一緒に学校行こうと思って!!」
「そ、そっかぁ……ありがとう…」
「へへっ、どういたしまして!」
日向の屈託の無い笑顔を向けられてしまうと何も言えなくなってしまう。その優しさは嬉しいのだが、身体中の血が風下に飛ばされる勢いで血の気引かせるのはやめてくれ。