第8章 こんな夜じゃなきゃ
東京と宮城。会いに行こうと気軽に踏み切れる距離ではない。次にいつ会えるか等、皆目見当もつかない。
いくら彼女とメールを重ねたとして、画面の中の無機質な言葉の並びは、烏野のやつらのと日常で交わす血肉の通った言葉には適わないだろう。
──顔見知りというだけの特別でも何でもない存在、心の片隅にも留められない存在。
瀬戸の中で、もし自分がそんな存在であったとしたら。
馬鹿馬鹿しくもそれを想像した時、冬の隙間風のような冷気が胸を突き抜ける。水を望んで追い掛けた先が只の蜃気楼であったような、そんな虚しさに似たものを感じた。
何故こんなにも彼女が後ろ髪を引くのか。
それはちっとも分からない。ただ分かるのは、このままで瀬戸に過去の存在の一つにされたくはないということだった。
「俺ちょっとアイツに電話してみるわ。」
『うん、そうしてみなよ。あ、出なかったら寝てるかもしれないし仕方無いんだから、出るまで掛けちゃダメだよ。』
「俺そんなことしないからね!?」
研磨に謎の念押しをされる。俺って研磨からどう見えてるんだ…。時々自信を失いそうになる。しかし、少し緊張が解れて肩が軽くなった。何とも恐ろしい奴だ。
『じゃあ、また明日ね』
「おう。ありがとな」
『別に。長電話とかならないようにね』
ブツリと電話が切れ、静寂が訪れる。
何だかんだで心配してくれる不器用な幼馴染に思わず吹き出す。良い友人を持てたことに感謝しなくては。
『今電話出来る?』
そうメールを送れば 『大丈夫ですよ』と返事が来る。
以前メールで教えてもらい登録しておいた番号。本当に使う時が来たのだなと思うと、やはり緊張する。ゆっくりと呼吸を繰り返し、発信ボタンを押した。
──こんな日じゃなきゃ、お前に電話も出来ない臆病者。
俺はお前に何て言い訳するだろうか。
そんな事を考えながら耳元で響くコールの中、俺は待ち遠しい声がするのを待っていた。