第5章 猫は鴉へ爪を突き刺す
* * *
「あ、あの」
「……」
「あの、影山さん」
「……」
先程から声を掛けているのだが、影山さんは一向に返事をしてくれる様子はない。でも、手だけはしっかりと握り締めている。 …照れるんですが。
パイプ椅子を仕舞う可動式のカートには、同様のパイプ椅子が幾つも整列している。そこに影山さんは乱暴にパイプ椅子を押し込む。
も、もしかして、おこなの?あ、目から汗が……。
「……瀬戸」
「はっ、はいっ!」
影山さんの冷えた声に反射的に背筋が伸びる。心臓を鷲掴みにされたような気分に陥る。ゆらりと影山さんが私の方に顔を向ける。眉根を寄せ、不機嫌そうに唇を歪めた表情がそこに現れていた。ヤバイこれおこじゃねぇ激おこだ。
緩慢気味に唇を開いた影山さんに死を覚悟し、顔を俯け強く目を瞑った。ああさようならこの世よ。
「悪かった……」
「え、え?」
唐突な謝罪に間抜けな声が零れた。瞼を開き、影山さんの顔を見詰める。そこには先程と変わらず不機嫌そうな表情があった。え、おこじゃないの?というか何で急に謝るのだろうか。影山さんは唇を尖がらせたままボソボソと言葉を紡ぐ。
「その、あの時。お前の事…怖がらせたから…」
「あの時?」
オウム返しに問い返すと、影山さんはより一層小さな声で答える。