第17章 【外伝 茂庭とエンノシタイモウト】
指の先には6番の番号を背負った今時珍しい七三分けの、地味だが穏やかな雰囲気を持つ選手の顔があった。
「6番の、えーと、」
茂庭はパンフレットに載っている名前の読みに悩む。
「エンノシタです。エンノシタ チカラ。」
仕方のないことだが茂庭は縁下力のことを思い出せなかった。おまけに失礼だとは思いつつまた笑いそうになった。まるで誂(あつら)えたかのような名前だったからだ。しかし、
「ごめん、その、君は。」
「私は妹の美沙です。」
言いながら縁下美沙は茂庭の言いたいことが何となくわかっていたようだった。
「似てないのと言葉が違うのはしゃあないです。正確には義兄妹なんで。」
本人はしれっとしているが茂庭は大変な事を聞いてしまった気がすると慌てた。
「まぁそう動揺されず。」
縁下美沙はやはり落ち着いていた。
「い、いやその、立ち入った事聞いちゃうけど、何かあったの。」
戸惑いながらも聞いてしまう自分に茂庭は我ながらなんて奴だと思う。
「生まれた時にはもう両親が亡くなってて関西人のばあちゃんに育てられた結果言葉はお聞きのとおりでそのばあちゃんも最近亡くなって身寄りがなくなった所へ母のお友達だったという縁下さんちに引き取られて学校も烏野に変わりました、今ここ。」
淀みなく淡々と語る縁下美沙、語る事に慣れているのかもしれない。
「はああああ、凄い人生だな。」
無意識のうちに止まっていた息を吐き出して茂庭は言った。
「でもいいのか、見ず知らずの俺にそんな重い話。」
「私も本当の親もばあちゃんも今のお父さんお母さんも兄さんも、悪い事した訳やないから。」
「ははは、繊細そうなのに強いな。」
「はて。」
縁下美沙は首を傾げる。ぶりっ子ではなく本気らしい。
「まあ確かにようないことの方が多かったですけど、ラッキーやと思いますよ。縁下になってから親からも兄からも大事にされてます。」
「確かにお兄さんは優しそうだな。」
「はい。」
ここで縁下美沙は髪のリボンを揺らし、初めて笑顔を見せた。
「自慢の兄です。」
茂庭はその笑顔に一瞬どきりとした、ような気がした。
「あ、ごめん。」
一瞬感じたものをごまかすように茂庭は言った。