第17章 【外伝 茂庭とエンノシタイモウト】
「ふぅ、やれやれ。」
少女はハサミを持っていない方の腕で額の汗を拭うような仕草をする。茂庭は少し笑いそうになった。何だかこの子、いちいち面白い。
「あ、ありがとう。」
「えと、今度はそちらの上着にひっかかっとる方ですね。」
「あ、いやそれは別に。」
少女は覗き込んできて自分で処理をする勢いだったが何となく絵面に問題が出そうな気がして茂庭は少女を制止し、自分でボタンにひっかかった糸を解きにかかる。
「もしあれやったら」
少女は言った。
「いわゆるピンセットはないけど毛抜きが使えるかも。」
「えと、それ持ってるの。」
「はい。」
茂庭は笑いそうになり、指先が震える。一体この子は何をどれだけ持ち歩いているのか。しばらくしてやっと糸をボタンから外すことが出来た。
「すみません、お手間かけまして。その糸はこちらで処分します。」
「あ、ああ。」
そんなに気を遣わなくても、と茂庭は思わずクスリとする。ところどころ大胆な物言いのくせに妙に丁寧な所もあって落差が大きい。茂庭が外した糸を渡すと少女はそれを丸めて鞄にしまい込んだ。
「それでは。」
少女はぺこりと頭を下げ、立ち去ろうとした。が、茂庭は思わずこう言っていた。
「あの」
後で考えたらどうしてそんな事が出来たのか自分でも不思議だった。後輩の二口あたりが聞いたら腹を抱えて笑うに違いない。あと、同級生で言えば鎌先が黙っていないだろう。
「良かったらお茶でも。」
ここで女の子がナンパですか、などと聞いてきて、いえ違いますよっと男の方が慌てるというのは漫画でよくあるパターンだ。しかしこの少女は小首を傾げて茂庭を見つめる。そういえばついさっきまで少女は自分と目を合わせていなかった、結構ペラペラ喋っていた割には。そして少女は言った。
「私でよろしければお言葉に甘えて。」
人を疑う事をあまり知らないように見えるその目を見て茂庭は逆にこの子大丈夫かと心配になった。
お茶、と言っても近くのファーストフード店に入ってカウンター席でとりあえずジュースを飲んでいるという状況だった。いや、より正確に言えば少女の方はフライドポテトも食していた。茂庭は奢ると言ったのだが少女は嫌がり、その代わり自分で好きな物を頼んだといった形だ。
「その、失礼とは思うけど」
嬉しそうにポテトを食する少女に茂庭は言った。