第16章 【喧嘩】
「逃げるな。」
いつもより低い声で言われて美沙はおとなしくした。いい悪いは別にしてこんな風にされるのはもはやいつものこと、だが今日はいつも以上に義兄から有無を言わせないものを感じる。
「本当、ガラスケースに入れて鍵かけてやろうか。」
「いや、あの兄さん。」
「そんで及川さんも触れないとこに置く。」
「お願いやから落ち着いて。」
今更だが自分に何かあると義兄の言動が病的になる。男子排球部の面々に心配されるはずだ。更に視界が90度反転して気づけば義兄にのしかかられていた。
美沙はなんと言えばわからず、力も何も言わない為兄妹はしばらく黙ったままだった。
「お前ね、」
先に口を開いたのは力だった。
「この状況についてもうちょい何かないの。」
「筋肉質の人は重いとは思(おも)た。」
力はそんなとこだろうと思ったとため息をついた。
「これ他の奴だったらお前どうするの。」
「まず抱っこしてきた時点で拒否する。」
実際、及川に外で後ろから抱っこされた時は拒否した。力が激怒しかねないのでそのことはさすがに伏せているが。
「ならいいけど。」
力は呟き、しかしどかないまま美沙の髪や首筋を撫でたりし、合間に唇を塞ぐ。
「兄さん」
隙を見て美沙は言った。
「私は確かに長屋の箱入り娘で月島にまで半分ボケとか言われとるけど、兄さん以外の人にここまでされるんは絶対嫌ってことくらいは思てるよ。」
力が少し美沙から顔を離し、目を丸くする。
「安心した。」
力は言って義妹を愛で続けた。美沙は例によってすりすりぐりぐりしてみたり義兄に自ら抱きつき返したりしてみた。
後日学校で、美沙はまず谷地に迷惑かけたことを詫び、放課後は義兄と一緒に男子排球部の面々に頭を下げに行った。殆どが心配していた連中ばかりだったので口々に無事でよかった安心したと言っていた。
月島だけはたまには喧嘩するんだあー良かったと美沙からすれば月島語で安心をしたような事を言った。
次章に続く