第60章 【強制浴衣宣言】
本当にまさかの事態である。
「浴衣から逃げる女の子なんて初めてだよ、下駄でウロウロはする癖に。」
力はため息をついてから苦笑した。
「普通の子は喜ぶのにな。」
「帯で締められるんがどーも苦手で。」
「お前らしいけど。」
考えてみれば洋服の時も義妹はゆったりしたものを着ている事がほとんどだ。今だってサイズにゆとりがあるものを着ていて細っこさが際立って見える。
「でもダメ。」
「へ。」
「今回は着てもらうよ。」
「1人で着付けでけへんもん。」
「母さんが手伝ってくれるよ。」
「私ぺったんやし。」
「だから何だ。」
逃すつもりは全くない。なかなか着飾らない義妹をおめかしさせる絶好の機会である。
「えらい食いさがるんやねぇ。」
美沙はむーと少し膨れる。
「逃す気がないから。」
「えらいこっちゃ、兄さんがおかしな事言うてる。」
「言ってない。どうせ妹が出来たんならそれくらいの楽しみはないとな。」
「もう散々いじり倒して楽しんどうやん。」
ブツブツ言う美沙、そろそろ諦めてわかった、と言いそうな雰囲気も感じるが油断出来ない。
「かーさーん、」
力は駄目押しに母に声をかけた。
「今度バレー部のみんなと祭行くんだけど、美沙に着せれそうな浴衣あるー。」
母は早速出てきて美沙に微笑む。昔自分が着ていたのをまだ残している事を伝えられた美沙はたちまちのうちに大人しくなった。力はよし予想以上の展開と内心ほくそえみ、母は残しておいてよかったサイズは合うかしらといった事をルンルンで呟きながら和室の箪笥を探しにかかる。美沙がチラリと恨みがましそうにこちらを見たが力はわざとスルーした。
結果から言うと母は自分が娘の頃着ていた浴衣を探し出し、しかもどうやら丈は美沙に合いそうだった。当然美沙としてはこれで逃げられない形になった訳である。
「兄さんの意地悪っ、どSっ。」
部屋に戻ってから美沙は義兄に文句を言った。
「お母さん使うなんてひきょーやでっ。」
「騒々しいのは田中と西谷で間に合ってるよ。それに卑怯じゃない。」
「ほな何なんよ。」
「れっきとした戦術だよ。」
「あかん、今度こそ兄さんが」
美沙は終わりの方をごまかして喋ったが力は聞き逃してくれない。