第60章 【強制浴衣宣言】
義妹の美沙が今時でない希少種であることはわかっていた。それも踏まえた上で力は親の目を盗んで一線を越えた。しかしまさかこれほどとは流石の力も思わない。
「さて、祭りに行くのは決まったとしてお前の浴衣どうしようか。」
兄妹揃って男子排球部関係者と夏祭りに行く事が決まった後日、力は何の気なしに言った。希少種とは言え女の子なのだから当然着るつもりだろうと思っていたのだ。しかし、
「え。」
義妹の美沙は固まった。
「今何て。」
おまけに何故か聞き返してくる。
「浴衣。」
「私持ってへん。」
「じゃあ母さんに相談しよう。下駄は今使ってるやつでいいかな、お前すぐ足擦(す)れるみたいだし。」
「いや私別に浴衣は。」
「そんな遠慮しなくてもきっと喜んで探してくれるよ。」
「そうやのうて」
美沙は俯(うつむ)いて落ち着きがない。おまけに都合が悪い事を聞かれた時のように視線が逸れている。
「さっきからどうしたんだ。」
力が聞くと美沙はいやそのとモゴモゴ言ったかと思うとビャッと脱兎のごとく逃げ出した。
「あっこら、逃げるなっ。」
まさかの反応である。田中と西谷がテストという単語を聞いた瞬間みたいな素早い動き、しかしそんな程度で逃げられる力ではない。力はすぐ義妹の首根っこを掴んで捕獲した。
「何で逃げるんだ。」
首根っこをつかまれた美沙はうーと唸った。しばし2人は沈黙する。
「あ。」
しばらく沈黙して力はふと気がついた。
「まさかお前、」
本当にまさかと思いながら力は尋ねた。
「浴衣嫌いなの。」
「ふぎゃああああっ。」
美沙の叫びが答えだった。