第58章 【落ちる未遂のオチ】
少なくとも表向きはと美沙は思う。実父の存命疑惑が浮上している現在では間違いと言い切れない。
「まぁいいや。」
モヤモヤするものがあるが今考えても仕方がない。
「とりあえず今は怒ってない。肩と腕が痛いけど折れてる訳じゃないしそのうちおさまるだろうし。」
美沙は思っている事をそのまま伝え、相手はうなだれた。ごめんなさい、しばしの沈黙の後相手は言った。
「いいよもう、次がなけりゃ。あと他の人にも同じような事しないんならそれでいい。」
あっさり言われた事に驚いたのか相手はキョトンとする。逆に美沙が首を傾げていると相手は他人の事も気にする人は初めてだと言った。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど別に褒められた理由じゃないんだ。」
美沙は呟く。ここで聖人君子ぶるつもりなどない。
「今まで自分に何かしてくる人って他にもやった事ある事が多かったからほんのちょっと疑った。私は基本的にそういう奴だ。兄さんは私が優しいからだっていつも言ってくれるけどきっとそんな事はない。自分が傷つくのが嫌なだけのただの臆病者だよ。だから」
美沙は自覚していなかったが遠い目になっていた。
「さっきも言ったようにもし他の人に同じような事してるの見たら私きっとブチギレちゃうから、その時は勘弁してくれ。」
語る美沙に相手は言った、お兄さんは正しいと思う。
「そうかな。」
だといいんだが、と美沙は極(ご)く小さく付け加える。相手は強く頷き意外な事を言った。
「いいのか。」
美沙は驚いてつい聞き返し、相手はやはり頷いた。
「ほな早速。」
美沙の言葉が本来のものに切り替わる。
「よろしゅうな。」
相手は悪気なくクスクス笑った、今時そんな話し方をする人がいるのかと問うてくる。
「いやそのばあちゃんの影響やから多分若い人やったらおらんと思うけどまあそれはそれやっ。」
キリッてな顔で美沙は開き直り、相手は更に面白がった。縁下美沙が男子排球部関係者以外に初めて関西弁を話した瞬間だった。