第55章 【お兄ちゃん】
「誰がそんな無理しろって言った。」
「せやけど」
「俺の事を思ってくれてるのは嬉しいよ、美沙。でもしたくない事を無理してるんならやめてくれないか。」
「兄さん」
「お前は充分可愛いから、な。」
「えと」
「返事は。」
「わ、わかった。」
「いい子だね。」
力は義妹の額にそっと口寄せた。
「明日帰りにハミチキかかりゃあげ君買ったげる。」
「ええの。」
「たまにはね。隠れて食ってるなら知らないけど。」
「食べてへんもん。」
「なら良し。」
こんな事を言うから他から過保護だのなんだの言われるというのに懲りないな俺は、と力はぼんやり思うが結局構うもんかと開き直る。
「美沙、あのさ」
力はふと言った。
「もっぺん言って。」
「嫌やっ。」
「いいだろ、外じゃないし。」
「嫌っ。また吹き出されたら立ち直られへんっ。」
「絶対吹かないからさ。」
「嫌やー。」
「兄貴の言うことを聞いてくれないんだな。」
「ふぎゃああああああっ。」
これは効果抜群だったようだ。
「卑怯もんっ。」
美沙は声を上げてからしばし俯(うつむ)いた。相当にためらっているらしい。
「お兄ちゃん。」
恐る恐るといった小さな声で美沙は言う。力は心臓を撃ち抜かれた気がした。思わず義妹をガバッと抱きしめ直すと当の義妹はスリスリグリグリといつもの頬を擦り付ける奴をやった。
次の日、とあるハミマでのことである。
「おい龍っ、力が美沙にハミチキ買ってるぞっ。」
「何ーっ。あの遠慮しぃの縁下妹が大人しく奢られてるだとっ。」
「というか美沙さん揚げ物禁止令出てなかったか、主に縁下から。な、成田。」
「兄貴が禁止令出すのも妹が大方は命令聞くのも何か変な気はするけど。」
部活からの帰り、縁下兄妹と一緒にハミマに付き合った男子排球部の2年仲間達が言い合う。
「今日は特別かな。」
レジの方にいる義兄妹に目をやりながら成田は呟く。買い求めたハミチキを力から手渡された美沙が大変嬉しそうにしていた。