第55章 【お兄ちゃん】
その時縁下力は自室で本を読んでいた。そこへ部屋のドアがノックされる。
「どうぞ。」
ドアを開ける音がして義妹の美沙がそろーりと顔を覗かせる。ここまではいつも通りだった。ところがここで
「お兄ちゃん。」
力はブーッと吹いた。本は無事である。しかも当の美沙までもが自分で言っておいてふぎゃあああっと叫んだ。
「どどどどうしたんだよ、お前。」
力は動揺した。ちゃん付けで人を呼ぶ事がほぼ無い美沙がどこぞの萌えキャラよろしくお兄ちゃんなどと呼んできた。呼ばれる事自体は別にいいのだがあまりに突然である。
「な、何でもあらへんちょいふざけてみただけごめん。」
視線を逸らして早口で言う美沙だが全く説得力がない。それで力は途端にいつもの落ち着きを取り戻した。微笑みこっちおいでと義妹に手招きする。ポテポテと義妹はベッドまで歩いて来て力から少し離れた所に座る。力はすかさず腕を伸ばして義妹を引き寄せた。抱っこされた美沙は力の胸に顔を埋める。恥ずかしがっているようだ。
「ホントどうしたんだ、お前がお兄ちゃんとか言うなんて。」
「別に。」
「怒らないし笑わないから言ってごらん。」
力は優しく言うが美沙はうーと唸る。聞かれると都合が悪いらしい。威圧したら余計に話したがらないと判断して頭を撫でてやったり抱きしめてやったりしてしばし待ってみる。
「スマホで無料立ち読みの漫画見てて」
美沙がポツリと話し始めた。
「うん。」
「少女漫画やったんやけど」
「お前が少女漫画なんて珍しいな。」
「それに出てくる子がめっちゃ可愛かって、自分のお兄さんの事お兄ちゃんって呼んでて、」
「うん。」
「私よう固いとか可愛くないって言われるから、兄さんもひょっとしたらお兄ちゃんって呼んだげた方がええんかなってふと思ったんやけど」
「うん。」
「無理やった、自分が。しかも兄さん吹いたし。」
美沙はここで顔を上げて泣き出しそうな顔をする。普段こんな程度で泣く義妹ではない、甘えたモードに入っているようだ。
「阿呆、」
力は呟いて微笑んだ。美沙に合わせて馬鹿を使わないのはもはやお約束である。