第51章 【義妹の悪夢と義兄の動揺】
相手は逆上し吠えて美沙に飛びかかり、2人は殴る蹴るの喧嘩になった。いや殴る蹴るどころではない、非力な美沙は自分で抑えがきかずランドセルにさしていた定規で相手の腕や手を何度もピシャリとやった。自分のことはいい、だが大事なものを侮辱する奴は許さない、二度とそんな気が起こらないようにしてやる。激情を抑えられない美沙のところへ誰かが止めに来る。影のようなもやもやした存在、顔はわからない。後ろから肩を掴まれた美沙はどいて離してと叫ぶ。しかしその存在は後ろから美沙を抱っこして聞き覚えのある優しく穏やかな声で言った。
「美沙、やめな。」
「兄さん。」
小学生の薬丸美沙が呟いた瞬間周囲が閃光に包まれ、
「あああああっ。」
痛む喉で絞り出すように響いた自らの声とガバッと飛び起きる音で高校生の縁下美沙は一旦目を覚ました。しばらくハアッハアッと荒い息をする。ひどい夢だ、縁下美沙になってからはしばらく忘れていた過去の一端が今になって蘇るとは。実際のところは定規で相手を叩いた訳ではなく素手でやり合い、事を知った祖母には気持ちはわかるが自分から手を出したら負けだから堪(こら)えるようにとかなりキツく言われたのだけれども。
「兄さん。」
そこまで思い出したところでまだ熱に浮かされたまま美沙はかすれた声で義兄の力を呼ぶ。呼んでも義兄が来れないことはわかっていたがそうした。そうしてしばらく上半身を起こしていた美沙だがすぐ耐えられなくなって再びベッドに倒れた。
「縁下、ソワソワしすぎ。」
その頃烏野高校2-4の教室では成田が力に突っ込んでいた。
「え、ああ。」
力はびくりとする。
「そんなに落ち着きなかった。」
尋ねる力に成田は頷く。
「少なくともいつもに比べたら。気持ちはわかるけど落ち着けよ。親御さんもいるんだろ。」
「まあ、それはそのとおりなんだけど。」
力はため息をつく。美沙は縁下家に来てから一度も病気をしたことがない。細っこい上に物理的にも精神的にも傷つく事があった割には意外と丈夫なものでそれが当たり前になっていた。故に今回のように伏せってしまうとどうも気になるのだ。