第49章 【異常事態】
生まれた頃には両親が他界して育ててくれた祖母も他界した為に薬丸美沙から縁下美沙になった少女、しかし今になって浮上してきた疑問がある。
美沙の実父は本当に亡くなったのか。
あの不穏な電話を聞いていなかったら今になって気付こうが気付くまいがどうという事はなかっただろう。しかし義兄妹は聞いてしまった。そうして常日頃から義妹が他所へ行ってしまったらどうしようと思っている兄の力は更に心配がひどくなってしまったのだが決して当事者である美沙が無関心だった訳ではない。
月島や岩泉から半分ボケだと言われ、及川にはモロに天然ボケと言われる美沙だって悩んでいた。祖母と暮らしていた時から変だとは思っていた事がうっすら見えてきた。実父は存命中かもしれない。先日義兄の力と力の先輩である菅原が話していた時、2人ははっきり言わなかったが美沙も察していた。あの不穏な電話は亡くなったと聞かされていた実父からかもしれない。
もしそうだとしてその実父が美沙を引き取りたいと言ったらどうする。
美沙の腹は決まっている。申し訳ないが絶対嫌だ。自分はもう縁下美沙なのだ。今の義父母、そして義兄の力から離されたくない。あの電話の時義母は言った、美沙は自分達の娘だと。でもそれでも義父母が自分を手放そうとしたらその時はどうしたらいい。自室のベッドの上でキノコキャラのぬいぐるみを抱き締めたまま美沙はゴロゴロ転がった。
「嫌や。」
思わず呟く。
「絶対に嫌。」
涙が溢(あふ)れてくる。祖母と暮らしていた頃は周りから嫌われ虐(しいた)げられているのが当たり前だった。祖母が亡くなって縁下になって烏野に来てからは逆に色々良くしてくれる連中が急増した。そこへ来た大きな不安材料、涙が止まらない。自分はすっかり幸せな状況に慣れすぎたのか。美沙は声を抑えて泣き続けた。ぬいぐるみの胴体の一部分がやたら涙で濡れた。