第42章 【妹貸し出し当日 その3】
美沙は目を伏せて口ごもった。メッセージアプリでのやり取りでは詳しく伝えなかったのだ。しかしそれについてはいくらオタクの動画投稿者である事を公言している身とは言え多少遠慮があった。
前代未聞かもしれない。あの及川徹がアニメグッズ専門店の前にいる。しかも一緒にいる女子はそれまでの及川の基準(あくまで外から見ての話だが)から見ればああ確かにオタクっぽいといった感じの地味な女子だ。これはひどいカオスである。
「わお、美術館の後にこれってすんごい落差。」
言われて美沙は顔を赤くしてうつむいた。
「あの、お嫌やったら外で待っててください、早いとこ用済ませるんで。」
早口で言って美沙は今だ及川に繋がれたままの手を解(ほど)こうとする。が、
「じゃあ行こっか。」
及川は乗り気で美沙の手を引いた。
「ちょ、え、及川さん。」
美沙は慌てた。この人大丈夫か、とかなり本気で思う。
「あんま我慢してると体に悪いよ。」
及川はにっこり笑って義兄の力とはまた違う強引さで美沙を引っ張って店内に入った。
「へー、こんなに色んなのがあるんだ。漫画って侮れないねぇ。」
初めての事に及川が面白がってキョロキョロする。美沙はいつもなら気にならない人目が気になってしょうがなく、内心どないしょうどないしょうと思う。予想通り及川は人目をひきまくっていた。見た目からしてこういう特化した店にいるような感じではないから無理もない。しかし一番の問題は隣にいて手を握られてしまっている自分に対する視線がやはり好ましいものではない点である。
「美沙ちゃん、これなぁに。」
「ふぎゃあっ。」
「何でびっくりしてんの。」
及川に顔を覗き込まれて美沙は更に混乱する。これが義兄の力ならとりあえず落ち着けと優しくなだめる所だが及川はそういう方向ではない。
「あ、う、いやぼーっとしとって。」
及川はふーんと言ってそれ以上は聞かない。
「ときにそれはラミネートカードです。」
「へー、色んなキャラのがあるね。美沙ちゃんも買うの。」
「好きなキャラのがあったら。」
美沙は呟いて棚のカードに目を走らせる。好きな漫画作品のはあった、が、
「ああ、やっぱりあらへん。」