第40章 【妹貸し出し当日 その1】
「え。」
及川は固まった。
「これ日本画なのっ。」
「ちょ、及川さんっ。」
思わず声を上げてしまう及川に美沙が人差し指を口元に当てて、しーっと言う。ただでさえ人目を惹く少年が静かな中で声を上げてしまったので観覧者の目が集中した。
「お静かに。」
美沙に言われて及川は、あ、はいと彼にしては間抜けな物言いをしてしまう。
「でもこれ、ほんとすごい。」
及川は呟いた。田中一村(いっそん)作・アダンの木、縦156センチの絹本に書かれた南の植物の存在感に圧倒される。しかも
「あ、あのさ、美沙ちゃん。」
「はい。」
「あれ、バックの海とか浜のとことかって写真じゃないよね。」
「ちゃいますねぇ、描いてはりますねぇ。」
「すっごいリアル。」
「ですね。」
美沙がうんうんと頷く。
「波の音が聞こえそう。」
思わぬ発言に及川はついクスリと笑い、美沙があ、と呟いた。
「もしかしてメッチャ電波や思いました。」
及川は首を横に振った。
「美沙ちゃんらしいって思った。」
「えと。」
戸惑う美沙を及川は目を細めて見つめる。
「すごく嬉しそうだね。」
「だって」
目を合わせて言う美沙は今まで及川が見た中で一番嬉しそうだった。
「絹の上にあれだけの世界があるんですよ。」
こういう事で喜ぶ子は初めてだなと思う一方及川はこうも思った、縁下君はいつも美沙ちゃんのこういう所を独り占めしてるんだろな、と。
次章に続く