第29章 【ハミチキとかりゃあげ君】
「しもた、語るに落ちた。これやったら自分は普通ちゃいます言うてるようなもんやん。」
「変な女。」
「何遍言うねんっ、そういうお宅様はどちらさん、青葉城西の人みたいやけど。」
少年はハミチキをガブッと一口齧(かじ)りブスッとしてそっぽを向く。まあ知らん奴にうかうか名乗らへんかと美沙は思って追求しないことにする。とりあえずかりゃあげ君をもう一つ食した。やはりおいしい。
「京谷」
少年がボソッと言った。
「へ。」
「京谷賢太郎。」
「ああ、お名前ね。」
「お前は。」
「縁下美沙、烏野の1年です。よろしく。」
「エン」
「エンノシタです。」
「変な名前。」
「こらっ、失敬なっ。」
今のをもし義兄の力が聞いたらえらいことになりそうだと美沙は思う。いちいち聞いたことはないけれど義兄がまんま縁の下の力持ちだと名前でおちょくられたことがないとは思えない。
「うるせー、覚えにくいし呼びづれえ。」
「知らんがな、名前変わったらこーなったんやもん。」
「変わったって何だ。」
例によって恥ずかしいとは思っていない美沙はこの京谷にも名前が変わった理由を語った。いきなり語られてしまった京谷は目をぱちくりさせる。
「そないじっと見んでも。」
「お前、もっと嬢ちゃん育ちかと思った。」
「つまり。」
「意外と苦労してんだな。」
「苦労、はて。」
美沙はまた首を傾げる。
「そらやな事あったし死にたい思た事もゼロちゃうけど別に苦労してへんと思う。親戚筋からは見捨てられたようなもんやけどすぐ縁下さんちに拾(ひろ)てもろたし。」
齧りかけのかりゃあげ君を一旦置いて美沙はあ、と呟く。
「そうや。私ばあちゃんが過保護でよう長屋の箱入り娘とかなんとか無茶苦茶言われとったわ。」
片手をパタパタさせながらアハハと笑う美沙、しかし京谷は笑わなかった。
「淋しくねーのか。」
「え。」
「本当の家族がいねえのに。」
まさか京谷からそんなことを聞かれると思っていなかった美沙はきょとんとした。が、すぐに答えた。
「大丈夫ですよ。」
そして美沙はゆっくりと言った。
「めっちゃ大事にされてるしそれに、ええ兄さんも出来たし。」