第27章 【痛みを知る者】
さて、その後一晩明けて谷地仁花は落ち着かない心持ちで男子排球部の朝練を終えて1-5の教室の自分の席に座っていた。昨日美沙からは自分は無事家に帰って、親にも事の次第を話したからどうか心配しないでほしいといった旨のメッセージを受け取った。本当、血が繋がっていないのに人の事を考えるところが驚くほど似ている兄妹だと谷地は思う。それにしても気になるのはやはり美沙がちゃんと登校するかどうかで、谷地はスマホのメッセージアプリの画面と教室のドアの方を交互に何度も見ていた。谷地がまたスマホに目を戻した時だ、教室の中が一瞬静かになった。谷地はハッとして教室のドアの方を見る。
「おはよーさん。」
口元と片眉の端っこに絆創膏を貼り付けてしかし完全に目が寝ぼけているその顔はいつもより5分ほど遅く来た縁下美沙その人だった。
「何だみんなどうした、急に注目して。私の後ろに超常現象的な何かでも見えたか。」
しれっといつも通りにボケをかまして美沙は教室に入る。1-5の連中の多くは美沙が席に着くまでじっと見つめていた。やがて鞄から教科書や筆記用具を取り出しながら縁下美沙はじっと見ている連中に言った。
「何かあるならとっとと言ってくれ、制服が裏返しになってるとかスカートが前後ろ反対だとかだと洒落にならん。」
あまりのボケぶりに隣の席で聞いていた谷地は思わず吹き出し、1-5の連中もそれにつられた。
「あ、谷地さんおはよー。んで朝から何笑(わろ)てんの。」
「だって、美沙さん、朝から面白い。」
「いやせやかて朝からあない見られたら他に言うことがあらへんやん。」
「そういうのを美沙さんクオリティって言うんだね。」
「それさては兄さんやな、余計な事言うてもう。」
そうやって教室に元の雰囲気が戻ったところで谷地と美沙は話した。
「美沙さん、昨日はありがとう。お兄さんにもお世話になっちゃって。」
「ええよ、兄さんも多分言うてると思うけどホンマに気にせんといて。」
「美沙さんはホントに強いね、痛い事されたのに。でもあの時怖くなかったの。」
「ホンマ言うたらちょっと怖かった。」
谷地の問いに美沙は飾らずに答えた。