第23章 【合宿 第六幕】
「私はもう、兄さんなしではおられへんから。」
何度も言われているはずのそれに力は改めてどきりとした。
「兄さん、大好き。」
「俺もだよ。」
「帰ったら抱っこして。」
「もともとそのつもりだよ。」
「大事な事やから二度言いました。」
「またそんな言い回しして。動画サイトに居座りすぎ。」
この時、またも部屋を抜け出していた赤葦京治が姿を隠して待っていた。縁下力が妹に電話しているのは明らかでチラチラ聞こえる内容から本当にどうしようもない兄妹だな、と赤葦は思う。やがて縁下力が電話を切った所で赤葦は今来た風を装って姿を現した。
「あ、赤葦君。」
「また抜けてきたの。」
「赤葦君こそ。」
「さてね。」
縁下力はそれ以上踏み込まなかった。この辺はさすがだと赤葦は思う。
「また妹さん。」
「バレバレだな。」
「本当に入れ込んでるな。」
力の泣いた跡には気づかないふりをして赤葦はそれだけ言う。
「かなり恥ずかしい話だよね。」
「別にいいけど。聞いてる分には面白い。」
そんな話をしていると力のスマホが振動した。
「あ、あいつまたライブ配信始めた。」
まだ泣いた跡を残したまま力はクスリと笑う。
「好きなんだな。」
赤葦は呟いた。スマホでリアルタイム配信までするようなオタクの事はよくわからないが、ただ縁下美沙はそれが好きらしく、今目の前にいる兄も楽しそうにしているのでそれはそれでいいと思う。今日のままコこと縁下美沙はバックで音楽を流しながら控えめだがノリノリで歌っていた。
「何か変な声のBGMだな。」
「あれだよ赤葦君、ネットで人気の合成音声。」
「ああ、どおりで。まさかと思うけど妹さんもやってるの、何とかPみたいなの。」
「フリーのツール借りていっぺん似たようなことしたんだけどやめたらしい。作詞作曲のセンスがない上にボーカル用音声の調整が全然よくわかんなかったって。」
「若干手を出したのか。」
赤葦は正直よくやるなと思った。配信から聞こえる縁下美沙の声はその義兄のように大人しく、決して激しくないがきっと内面は熱いのだろう。そうでなければ自分で動画を作ったりこうやって生配信したり、少しとは言え合成音声に手を出したりと色々やってみようとはきっと思わない。
「縁下君は」
赤葦はぽつりと尋ねた。