第23章 【合宿 第六幕】
「あれまぁ。」
ドキドキしながら待っていた美沙の第一声は随分とあっさりしていた。
「兄さんがそれって珍しい。余程のことやったんやろけど。」
「そうでもないよ、美沙。」
力は思わず安堵しながら呟く。
「お前が思うより俺は弱くて情けない奴だよ。」
「兄さん、」
「美沙、俺はね。」
何か言いたそうな美沙に力は正直に話した、1年の夏のあの時現コーチ烏養繋心の祖父だった監督がいた頃、突如激化した練習に耐え切れず逃げ出してサボり、それでもやはりバレーボールから離れられなくて未練がましく戻った話を。
かいつまんで話せばあまり長くない話だ、しかしあの時感じざるを得なかった色々なもの、今も消えない逃げたという負い目、何より一線を越えるほどに入れ込んでしまった義妹に幻滅されたくないという臆病な心に負け続けていたのだ。やはり俺は根性なしだと力は思う。
「兄さん、」
一通り話を聞いた美沙は言った。
「その話日向とか影山知ってるん。」
「ああ、いっぺん話した。」
「あいつらなんか言うてた。」
「いや、普通に話聞いてくれてた。」
美沙はふーんと言ってほんの少し沈黙する。
「若干腹立つ。」
「え。」
疑問形でいう力にムッとした声で美沙は続けた。
「あの影山ですらその話聞いても兄さんの事ちゃんと先輩や思て接してるんやろ、せやのに一応とはいえ妹には内緒てどゆこと。言うたら逃げる思たん。」
うっと唸った力の声が答えだ。美沙はもう、と息をついた。
「しゃあない人やねぇ。」
声からして義妹は笑っていることがうかがえた。
「私はどこにも行かへんよ、ずっとここにおるって言うてるやん。」
力はまたうっと唸った。急に目頭が熱くなる。湧き上がってくる塩水をこらえようにも止まらない。
「え、ちょっと、兄さんどないしたん。」
鼻をすする音を聞きつけた美沙が電話の向こうで慌てたように言った。
「あ、ごめん。」
腕で無理矢理涙をぬぐいながら力は言った。
「俺、やっぱりお前が妹で良かった。」
「え、え。」
「何か今のですごく安心しちゃって。」
「よう言うわ、もう忘れはったん。」
やはり笑っている様子で美沙は言った。