第1章 第一章 一部
それでも、彼が何を言っているのか大体は分かる。
「すみません。ちょっと手が離せない用事があって──」
とりあえずそれらしい嘘を吐き、場を遣(や)り過ごす。
“用事ってなんだよ?”
落ち着きを取り戻した高松さんが、一息置いて訊いてきた。
「いや、ちょっと親が──」
上手くごまかせたかどうかは分からない。それでも、自分では出来るだけ落ち着いて言ったつもりだ。
風ひとつ吹かない、静かな団地の前。心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「…………」
黙りこくる恭輔の喉が、ゴクリと音を立てた。
皆、恐れているのだ。
『高松さんに殺されるのではないか?』
と。
“──さっさと戻ってこい”
俺達が恐怖し震えていることなど知るよしもない高松さんは、ただその一言を残し電話を切った。
必要異常に問い詰められる事はなかったが、逆にそれが恐かった。
むしろ、何か言われていた方がまだいい。なぜなら、彼が怒っているのかどうか、ハッキリと分かるからだ。