第13章 一点もの
今にも消えそうな声で、願いを告げる。一瞬引こうとしたがここで引いては決心が鈍る。どうしても彼の意見が必要なのだ。
『けど、私は椎に聞いてほし_______________』
_______________ガシッ
『いっ…!』
振り返った彼は私の肩を力任せにつかむ。突然走った痛みに顔を歪める。
彼は私の声にハッとして、手の力を緩める。そして、噛み締めた唇を開く。
「あの人のところに…行っちゃうの?」
『椎…?』
私が名前を呼ぶと彼の瞳が一瞬揺らぐ。また彼を泣かせてしまったかもしれない。
そう思って一度伏せた目を開ける。私の瞳に映ったのは彼の涙ではなく、強い眼差しだった。
「行っちゃ、嫌だ。行かないでよ…まだ俺の側にいてよ…」
スッと胸がすく感じがした。まるで、ずっと心に溜まっていた靄がどこかへ消え去ってしまったかのようだ。
(私…今まで何をそんなに考えてたんだろ。)
あんなに悩んで、どうしても自分では解決できなくて、誰かに答えを求めていたのに。
彼の一言で、その答えはいとも簡単に見つかったのだ。
『…そっか…』
「え…?」
そうだったのかと私は気づく。おそらく私はこの言葉を待っていたのだ。
マサさんからの慰めの言葉でも友人からの助言でもない。"側にいて"という彼のたった一言が聞きたかったのだ。
『私…どこにも行かないよ。』
「っ!…ほんと?」
彼と、椎と一緒にいたい。喜びや悲しみを分かち合うだとかどんな時もお互いを助け合うだとか、そんな難しいことは言わない。
ただ、隣にいてほしいのだ。あなたと同じ空気を感じ、あなたと同じ場所で眠りたい。
まぁ、ひとつ欲を言えば、隣にいるあなたには笑っていてほしい。
『私、椎のこと好きになっちゃった……かも。』
「え…」
『椎と一緒にいたいの。』
大きく見開かれた二つのルビーから、小さな宝石が溢れ落ちる。
堰を切ったように流れ出すそれに、驚くことしかできない。何か彼を悲しませることを言ってしまっただろうか。
「俺…好きとか嫌いとか、よく…わかんない。」
『…うん…。』
震えた声で返事が返ってくる。やはり、いきなり湧いた気持ちをにわかに伝えられたら迷惑だっただろうか。
気持ちがはやり、勢いのままに想いを告げたことに早くも後悔していたが、
「けどね…」