第12章 可惜もの
_______________グイッ
「お前ふざけるのもそれくらいにしろ。」
『…隼斗…くん。』
私と宮瀬さんの間を割って入ってきた彼は、宮瀬さんの胸倉を掴んでいる。
これが演技かはわからないが、かなり怒っているようだ。そのただ事ではない雰囲気に、周りの客からの視線が集まる。
「ちょっとちょっとー、穏やかじゃないねー。僕と彼女の邪魔しないでよ。」
口調はいつもと変わらず軽々しいのに、その顔にいつもの笑顔はない。
隼斗くんが助太刀にきてくれたのは良いが、手荒な真似はご遠慮願いたい。
『は、隼斗くんっ…ちょっとやりすぎですよ。』
「お前は黙ってろ。」
彼の言葉に動きを制される。どうしてこうも私の周りの男性は上背があるのだろう。
迫力というか周りに与える圧迫感が尋常じゃない。
「隼斗くんはただの同僚でしょ?いくら彼女が後輩だからって人の恋路を邪魔しちゃダメっしょ。」
隼斗くんの鬼の形相を見てもなお余裕を見せる宮瀬さん。ここはやはりマサさんに頼るしかないのか。
なんとか穏便に済ませてくれないだろうか、と彼らの顔を見上げる。
「ただの同僚?笑わせんな、コイツは俺のだから。」
その一言を最後に耳にして私の吐息は何者かによって遮られた。手を強い力で引かれ、顔は上向きにされている。
「ちょっと…え、マジか。」
やっと宮瀬さんのその言葉が耳に入ってきたとき、やっと意識がはっきりとしてきた。
私の呼吸を妨げているのは唇だ。柔らかいだとかそんな情報は一切入ってこない。ただ何かがあたっている感じだ。
(…どういう…こと?)
私の見開かれた目に映る整った顔。手首を握る骨ばった手。頬を掠める少しかたい髪。
それは紛れも無い、兄のように慕っている彼のものだ。
「とりあえず、わかったら帰ってもらえますか。」
「んー参ったな。まぁ、今日は一旦引くとしますか。」
やっと呼吸が自由になったはずなのに、うまく呼吸ができない。
驚きのあまり、口は開いたり閉じたりを繰り返すが空気はほとんど入ってこない。
「んじゃ、絵夢ちゃんまた連絡するわ。」
状況を読み込めない私をよそに、二人の間では話が進んでいく。宮瀬さんは納得したのだろうか。
そこは気になるところだが、今はそれどころではない。ドアチャイムが店中に響き渡った後、視線を上げる。