第12章 可惜もの
『とりあえず、先週と同じ席でお待ちください。』
「はいはーい。」
前科があるため、一番奥の席というのは少々不安ではあるが、この話はなるべく内密にしたい。彼はいつものように軽く手を挙げ、奥へと向かう。
『…隼斗くん、今から作戦実行します。』
「おう、頑張れよ!」
誰にも聞かれないよう、そっと彼に耳打ちすると背中を軽く叩かれた。
つい前のめりになるが、なんとか持ちこたえる。そして、その勢いのまま戦場へと向かった。
「あ、やっときたー。早く始めて?僕、絵夢ちゃんに髪いじられんの好きなん_______________」
『宮瀬さん、単刀直入に申し上げます。私にはお付き合いしている男性がいます。』
言った。しっかりと目を見て言ってやった。計画通り、彼のペースに呑まれないうちに実行したんだ。
何も問題はないだろう。ちらりと隼斗くんの方に目をやると、小さくピースサインを送っている。
「…で?」
『え…?』
「だから、彼氏がいるんでしょ?それはわかった。けどね、そんなことで僕が諦めると思ったの?」
完全勝利を収めたつもりでいるところに予想もしなかった返事が返ってきた。
意味が理解できず、頭の中が真っ白になる。
『だ、だから恋人がすでにいるので、宮瀬さんとはお付き合いできません!!』
焦る私はまくしたてるように反撃する。しかし、彼の顔色は一向に変わらない。
「じゃあ奪い取るまでだよ。言ったでしょ僕、何でもするって。」
まるで獲物を捉えた獣のような目をしている。いつもの彼からはまるで想像できない目だ。
何もできずにただ立ちすくむ私が彼の瞳に映る。
「だからさ、とりあえず一回…僕と会ってよ。」
彼は席から立ち上がると、おもむろに上から視線で圧してくる。何か答えなきゃいけないのはわかるが、何を言っても今の彼が身を引くとは思えないのだ。
『わ、私っ…今日、その…食事に行くんです…!!』
「へぇ…その結果がこの格好ってわけか。」
しかしこちらだって諦めるわけにはいかないのだ。真っ白になった頭を懸命に動かして、隼斗くんと考えたセリフを思い出す。
すると彼は何か合点がいったようで、何度も頷いている。納得してくれたのかと、少し期待の目で彼を見つめる。
「じゃあ今日僕と食事しよ?僕、そいつより君のこと楽しませる自信、あるよ。」