第12章 可惜もの
『いらっしゃいませ。ご予約はございますか?』
店が開いて間も無く、今日もここは人で賑わっている。私は計画が気になりつつも、普段と変わらないように仕事をこなす。
宮瀬さんの来店時間までは、あと30分ほどある。
「あら?今日なんだか気合い入ってる??」
指名をいただいたお客様に声をかけられる。40代くらいの飾らない性格の女性だ。
彼女はよく私を指名してくれるので、もう顔見知りのようなものだ。
『わかります?今日はちょっとおしゃれしちゃいました。』
「まさか彼氏とデートとか?いいわねー若いといろいろあって。」
『まぁ、そんなところですかね。』
計画の内容を話すわけにもいかず、なんとか適当に取り繕う。
噂話と色恋のお話が大好きな彼女は、一人で盛り上がっているようだ。
「絵夢ちゃんかわいいから、きっと相手も美人さんなんでしょ?」
『うぇっ?!ま、まぁ…そこそこ?』
まさかそこまで深く追求されるとは思わず、ついハサミを止めてしまった。
とりあえずここはお茶を濁して乗り切るしかない。
「それはぜひ見てみたいわぁ。いつからお付き合いしてるの?この間聞いたときは彼氏いないって言ってたわよね?」
必死に話を逸らそうとするものの、彼女の弾丸トークは止まらない。
いくつもの質問に、曖昧な返事をしているとよく聞きなれた声が耳に響いた。
「どーも、予約していた宮瀬です。」
とうとう決戦の時だ。私は隼斗くんに目で合図をし、近くにいた同僚にお客様を任せる。
入り口で待つ彼の方に向き直すと、いつも通りの社交的な笑顔を浮かべていた。
『こんにちは、宮瀬さん。今日はお忙しい中ありがとうございます。』
「いいのいいの、どうせ今週もお店には顔出そうと思ってたし。っていうか、僕は絵夢ちゃんに呼ばれたらいつでもどこでも駆けつけるよ♪」
彼のペースに巻き込まれないように、目を閉じて深く深呼吸をする。心を落ち着かせ、彼を席に案内するために目を開ける。
『っ…!!』
目の前にはきれいに伸びるまつげ。彼の前髪が私の額にかかる。
眉間から伸びる鼻は、もう少しで触れてしまいそうな距離にある。
「それに、今日はあの返事も聞かなきゃね。」
なんとも言えない威圧感がある。私は極めて冷静に振る舞おうと、普段より幾分かぎこちない接客用の笑顔をつくる。