第12章 可惜もの
『…っふぅ、うぅ…。』
「えぇっ!?な、なんで泣くんだよ。腹でも痛いのか?それとも計画が不安とか?」
『なんで隼斗くんが褒めるんですかぁ…』
私は化粧が落ちるのも構わず涙を流す。目の前の隼斗くんがうろたえている。
自分にだって、なんで泣いているのかわからない。いつも辛いことがあっても店では泣いたことなどないのに。
「なんでって…かわいいもんは……かわいいし。」
いつもの彼らしからぬはっきりとしない口調だ。褒められているのはわかる。
けれど、頬を少し赤く染めて、どうにか言葉を紡ごうとする姿は私の涙の流れを助長する。
『うぅぐ…ありがとうございますぅっ。』
「おいおい…お前泣くから顔ぐちゃぐちゃじゃねーか。ほら、こっちおいで。」
隼斗くんに手を引かれるまま、私は近くの席に座らせられる。鏡に映った自分は、今朝部屋で見たのとは似ても似つかぬ顔をしていた。
「かわいい妹…いや、彼女のために頼れる彼氏が一肌脱ぎますか!」
彼は手際よく化粧道具を用意している。私は手渡されたボックスティッシュを抱えて、涙を拭う。準備が整った彼は私後ろに立ち、鏡の中の私を見つめる。
「あーらら、こんなに泣いちゃって。ほら、顔あげろ。」
彼の手が顎に添えられて、鏡の中の彼と目が合う。まじまじと見つめられるとどうにも居心地が悪い。
『は、隼斗くん…女の人のメイクなんてできるんですか?』
「ん?できるも何も俺はもともとメイク専門でやってこうとしてたんだよ。」
『ぇえ!?初耳です!!』
「だろうな、言ってねーもん。」
私がこの店に入った時から先輩として働いていた隼斗くんだが、そんな話は初めて聞いた。
彼とはかなり親しい位置付けにあると思っていたが、それは思い込みだったのだろうか。
「そ、そんな顔すんなって!お前だけじゃなくて誰にも言ってないんだってば!」
『え…そうなの?』
「そーだよ。まぁ、マサさんにはちょっと話したことあるけど、他のやつらには話したことないよ。」
彼の言葉に落ち込む必要はなかったようだ。安心したような表情をすると、彼は私の前髪をとめて化粧道具を手にとった。
「はい、そんな話はもういいから。始めるぞ。」
詳しく聞きたかったが、それは彼の手によって遮られてしまった。そのうち二人で話す機会があれば、ぜひ聞かせてもらいたいものだ。
